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『裏切りのサーカス』感想

東西冷戦下のウィッチクラフト作戦の進行の裏で、MI6内部の二重スパイを探し出していくサスペンス・ドラマ。難解と聞いて身構えたけど「裏切り者は誰だ?」というシンプルなストーリーなので、相関図と時系列さえ把握出来れば何とかついていけた。キャラクターが多い上に名前はファーストネームでもファミリーネームでも呼ばれるから厄介なんだけど、コードネームは「容疑者四名のうちの誰か」を指すものとだけ理解していればオッケーなのは助かった(キャラに合わせた役割を振られているので把握はしやすいけど)。また時系列は回想が何度も唐突に挿入されるから複雑に見えるけど、「コントロールが存命」か「クリスマスパーティ」のシーンは過去の話だとすぐに分かるのでそこまで混乱することもなかった。

しかし派手なアクションだとはさすがに思ってなかったけど、地道な調査を経て真実に向かっていくという現実的なストーリーになっており、心理戦で魅せる諜報劇でもなかったのは驚いた。機密情報を盗んだりするシーンはあるけどそれも地味なんだよな。でもやり過ぎない緊張感と静謐な空気がたまらないし、それぞれの役者の抑えた渋い演技もいい。次々と詳らかにされていく人間関係が美味だった。愛する人と一緒にいられないというスパイの悲哀を描く作品は他にもあるけど、これはラストシーンの切なさもあって特に印象的でした。

一番舌を巻いたのは、主役のスマイリーにとって重要なキャラクターである黒幕のカーラと妻のアンの顔を一切見せないところで、それでもカーラとの並ならぬ因縁を感じさせられてワクワクした。スマイリーのアンへの愛も遣る瀬無いっつうかなんつうか。アンがビルと抱き合っているところを目撃していつも冷静なスマイリーが動揺するのだけど、 ビルもまたジムが撃たれたと聞いた時だけは狼狽える。スマイリーとカーラとアンの関係と同じくらいに、ビルとジムの濃密な関係描写も良かった。特に目の演技だけで二人の関係を表現しているのが素晴らしく、ビルの尽力によって生かされたジムがビルを殺すラストは切ない(ビルはジムのことをモスクワに報告したけど、撃たれるとは思っていなかったのかもしれない)。ジムが殺したのはビルを愛していたからなのか英国からの命令なのかカーラの思惑が絡んでいるのか、いずれにしろ諜報員は辛い存在なのだなと。帰国後にビルという少年と仲良くなっていったのに、最後には少年のために突き放すのもまた切ないんだよなジムは。他にも教室で暖炉から飛び出してきたフクロウを叩き殺したり呑気に新聞を読む女がいる部屋で拷問を受けたりと、ジムはちょっと忘れられないシーンがちょいちょいある。序盤ですぐ退場したものだと思っていたから尚更。

女好きを装ってるけど実はゲイであるピーターが理由も言えないまま恋人と別れて嘆くシーンもいいし、リッキーもイリーナが殺されていることを知らされないまま必死になっている。これは諜報に携わる者たちの、色んな形のままならぬ愛を描く作品だったのかなと。それが意外で、でも面白かったです。最後にアンだけは戻ってくるけども。あと恋愛描写はなかったものの、野心家パーシーや蝙蝠男エスタヘイスも面白いキャラクターでした。ブランドは影が薄かったな……。

そして話も面白かったけど、音楽も素晴らしくキャストも強く街並みも美しく衣装も格好良く、作品を構成する要素がいちいち好みで美味しい。会議室の壁紙でさえインテリジェンスでお洒落だものな。ラスト周辺は演技、脚本、光景、音楽のいずれもが完璧で震える。英国の老獪な紳士を堪能するムービーとしても強く、実に私好みの映画でした。