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『シングルマン』感想

パートナーを失って自殺を考えているゲイの大学教授の一日を追うドラマだけど、ゲイがどうこうというよりは、シンプルに老いと共に訪れる孤独を描いていた。コリン・ファースの抑えた演技が良かったし、喪失感に身を委ねることで漂う色気がまたすごい。一日でジョージの気持ちが徐々に変わっていくのだけど、美しいものに触れた瞬間に彼の色彩を欠いた世界が鮮やかに色付くのもいいな。それは生々しいほどで、嫌というほどに「生」を実感させてくれる。これに限らず、映像表現はトム・フォード監督の美意識があちこちに強く出ているのも特徴。

キャラクターもいい。ジョージにとって過去の象徴であるチャーリーは結婚して子供もいたけど、夫には上辺だけの愛しかなく子供も離れてしまい、今はもう惨めな生活を送っている。言わば彼女はジョージより先に孤独になっている人で、そんなチャーリーがジムを失って号泣するジョージをどんな気持ちで慰めていたのか、と考えると面白い。ジョージを慰めたい気持ちもあったと思うけど、ジョージがゲイだから親友でいるしかなかったチャーリーはジョージとジムを複雑な目で見ていたから、優しい気持ちだけではなかったんじゃないか。それでもあの時のジョージにはチャーリーが必要だったんだろうけども。

チャーリーと対になるのが未来を象徴するケニーで、ジョージに惹かれていることを如実に伝えるような若く瑞々しく青い目が印象的でした。だからジョージも見入ってしまうし「生」を意識してしまうんだけど、彼はジョージの纏う死の影に惹かれた人間なので、ジョージが自殺を考えてなきゃ「ただの大学教授と多数の生徒のうちの一人」でしかなかったのかもしれない。コリン・ファースが本当に儚くて官能的だったので、これに関しては説得力がありすぎる。

二人が海で裸になって泳ぐシーンは孤独の底に沈んでいたジョージの浮上の瞬間でもあるのだけど、元々心臓を悪くしていた彼はここで負担をかけてしまったのかもしれないなと考えてしまうし、ケニーとのあまりにも開きすぎている歳の差も痛感させられる。やはり「老い」は残酷だな。結局ジョージは明瞭な生を感じた瞬間に死んでしまうから、その残酷さが刺さるエンディングになっているところも好み。好きな作品でした。