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『怒り』感想

殺人犯に酷似した男に出会ってしまった三組の視点から「信頼」の難しさを炙り出していくドラマ。犯人探しを土台にしつつ、疑ってしまう者、疑われてしまった者、信じた者、信じられた者、というそれぞれの関係にフォーカスしていく脚本が圧巻。群像劇はあまり好きではないけどこれは見やすかったし、豪華キャストによる渾身の演技を堪能できるのも美味しい。更に楽曲もいいんだけど、特にクライマックスで流れる曲には揺さぶられた。誰が作曲したのかと思ったら坂本龍一で納得。ほんと豪華な布陣なんだなこの映画。でも豪華なだけでなく質も確かに素晴らしく、脚本、構成、役者、音楽、映像といずれも大きな隙がない。それでも私には残念ながら刺さりきらなかったんだけど、ここまで不満という不満の見つからない作品はちょっと久しぶりなよーな。

千葉組はやっぱり洋平と愛子の親子関係に目が行くけと、特にあれほど強く田代を信じていたはずの愛子が、父が田代を疑っていたことを知って揺らいでしまうシーンがいい。洋平が田代を疑った理由に、娘を信じていなかったことが前提としてあるのがまた……。娘に信じることすらしてやれないでいる父親を演じた渡辺謙も、ちょっと危うい明るさを持つ愛子を演じた宮﨑あおいもすごかった。最後を愛子と電話する洋平の背中で締めていたのもぐっと来た。田代役の松山ケンイチも台詞自体は多くはないけど、抑え気味に演じながら二人に向ける視線が印象的でした。

東京組は優馬と直人のゲイカップルがメインなんだけど、発展場で座り込む直人の足を優馬が自分の足で強引にこじ開けてモーションをかけるところから自然でいい。というか綾野剛があんなに可愛い人だったとは知らなかった。先日『日悪』を見たばかりなのもあってちょっとびびったやんけ。それだけに二人の結末は切ない。母親を看取れなかった優馬は、好きだった人の最期を知る機会も自ら失っていたというのが泣けた。画面の外で母親の死を嘆くシーンも直人を疑ったことを後悔して慟哭するシーンも、妻夫木聡の熱演がいい。

沖縄組は犯人が潜んでいたこともあって壮絶で、特に泉が米兵に陵辱されるシーンは広瀬すずの痛々しい表情が見ていて辛い。何も出来ずに絶望する辰哉を演じた佐久本宝は初めて知った役者だけど、終盤の田中と対峙するシーンも含めて良かった。 何も知ろうとせずただ相手を信じるのは確かに危ういことだけど、そこは素性が知れないのに何故か頼りになりそうな雰囲気を持つ田中役の森山未來が、十分すぎるほどに説得力を持たせていたと思います。

とにかくいずれのストーリーもきちんと面白かったのがすごいし、三組の物語は交わらないからこそ意味を持っていて見応えがあった。それぞれの登場人物が揺れ動く感情を持て余し、怒りとなって発露するシーンは印象的。傑作でした。