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『ダークナイト』感想

ダークナイト (字幕版)

ダークナイト (字幕版)

  • 発売日: 2013/06/01
  • メディア: Prime Video

バットマンが悪に屈しない物語ではあるんだけど、それ以上に人間の浅ましさや欲深さを見せつけながら、ひたすらジョーカーがバットマンを嬲り尽くす物語として楽しんだ。ストーリーも長さを感じないほど面白かったけど、それ以上にゴッサム・シティという街の特殊性と、だからこそ生まれたバットマンと、それらを食い物にする形で躍り出たジョーカーのアンサンブルがあんまりにも美味でぶっ刺さってしまった。特にバットマンがジョーカーを尋問するシーンは、二人が背中合わせの関係にあるのだと示されるのがいい。共に "恐怖" を武器にしながら、ゴッサムを更生へと導くか混沌へと落とすかで大きく分かれるのが。最後の二人の戦いもバトル自体は面白くないんだけど、宙吊りにされたジョーカーが哄笑しながらバットマンに語りかけるシーンが素晴らしいんですよね。

「お前に俺は殺せない。まるで見当違いの正義感がジャマして。俺も、お前は殺せない。せっかくのオモチャだからな。どうやら永遠に戦い続ける運命だぜ」

こーゆー歪な千日手に弱いので、思わず「うわっ」て声が出てしまった。もう何度もしつこく書いてるけど、私は濃密な人間模様が見たくて物語を追うのだと実感する。

そして今回、ブルースの目指すところは高潔ではあるけど夢物語だよなと前作から思っていたから、ジョーカーがブルースのそうした脆さを容赦なく暴くのも最高だった。誘惑の多いゴッサムで信頼できる人を見つけるのは難しいし、デントのような強い正義感を抱く人間ですら簡単に落ちてしまうし、ゴードンも家族が狙われてしまうから、バットマンの足元は本当に心許なくて脆い。更に人殺しも出来ず、ジョーカーのような悪にも染まらず、ラーズのように正義が行きすぎてもいけない。あまりにも遠すぎる。

これを説くのがジョーカーだけでなく、ブルースが誰よりも信頼しているアルフレッドというのもいいんだよね。でも鬱陶しい説教じみた言い方はしないし、ブルースがやりたいことには惜しみなく協力するのが、もう本当に執事の鑑としか言いようがないなアルフレッドという男は。

ジョーカーとは異なるアプローチからバットマンの対比として登場したデントも面白いキャラクターで、「光の騎士」と「闇の騎士」の関係が美味しかった。レイチェルを加えたトライアングルの結末が特に秀逸で、「デントはヒーローだった」というバットマンの作り上げた幻想に縋るゴッサム市民を描きながら、「レイチェルは自分を選んだ」という幻想に縋るブルースを描くのが意地が悪すぎる。「レイチェルはブルースを選んでいない」という幻想を抱いたままデントは逝ったのだと思い込んでブルースが哀れんでいるのも、ひどく滑稽に見えてもう。ここはレイチェルの手紙を焼くアルフレッドの優しさが痛い。そもそもバットマンをシンボルにして幻想化しようとしていたのもブルースで、だから彼は頑なにマスクを取ろうとしなかったんだけど、その末路がこんな皮肉な形になろうとは。

「真実だけでは人は満足しない。幻想を満たさねば。ヒーローへの信頼が報われねば」

バットマンのこの台詞は自分にも言い聞かせているようで、ちょっと泣けてしまった。唯一真実を知っているゴードンにとっても辛いだろうし、重くもあるよなと。

他に印象的だったのはやはり終盤の混沌に落ちようとするゴッサムで、それまで歪んだ秩序による支配で機能していた街がジョーカーによって無秩序な世界と化すところはもはや喜劇だなと思った。フェリーに乗った市民と囚人が悪趣味な選択を迫られるシーンも見入ったけど、あそこでバットマンが「押さない」と断言していたのが、無責任な信頼に見えて少し怖かった。でもそれくらいゴッサム市民の善性を信じてなきゃそもそも彼は「バットマン」のマスクなんて被らなかったし、だからこそ最後にはデントの罪を被った彼の覚悟に説得力が生まれるのが、切ないというか哀しくなってしまう。

アクションはカメラワークのせいか相変わらずごちゃごちゃしてるんだけど、香港まで飛んでダイナミックなラウ誘拐を見せられるシーンと太いタイヤがたまらないバイクチェイスは滾った。ジョーカーの乗る大きなトラックがバットマンの仕掛けたワイヤーに引っ張られて空で回転する時の爽快感よー。

ダークナイト』は名作だとは聞いていたけど、私にとっても名作の一つになってくれたのが嬉しい。やっぱりノーラン監督作品に弱いんだろうな私は。そしてバットマンの存在する世界でしか満たされない道化を演じたヒース・レジャーが圧巻だったけど、その彼がもう亡くなっていることを映画の終わりの追悼文から知って勝手に寂しくなった。おまけに『ダークナイト』を見始めた昨日が命日だったそうで、そうした奇妙な縁を勝手に感じたことも含めて特別な作品になりました。