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『ブリッジ・オブ・スパイ』感想

スパイ役のトム・ハンクスが危機を切り抜けていくサスペンスかと思ったら違うのな。冷戦下の米ソでそれぞれ捕らえられたソ連のスパイとアメリカ兵を交換するために、米国人弁護士があちこち交渉に赴く話だった。米ソに加えて東独も絡んで来るし地味な話ではあるけど、スピルバーグ監督らしく分かりやすく面白かった。『ブリッジ・オブ・スパイ』の方が先だけど系統としては『ペンタゴン・ペーパーズ』が近いか。どちらもスピルバーグ監督作でトム・ハンクスが出演しているというのもあるけど、「信念を貫く物語」という重要な共通点もあるなと。

トム・ハンクススピルバーグ監督とは何度か組んでいるだけあって安定してたけど、今回は難題に対応しなきゃならんせいか寄せられっぱなしの眉間の皺がすんごい印象に残ってます。あとアベルの偽家族と会うところなどちょっと笑えるシーンもあるんだけど、ああいう時のトム・ハンクスの表情演技は絶妙だといつも思う。ドノヴァンも初登場シーンではまどろっこしいおっさんだなと思ったけど、すぐに面白いキャラクターだと思えるようになったのは役者の力も大きいんだろうな。後半の東ドイツ滞在中はコートを盗られたせいで風邪を引いてしまい、しょっちゅう鼻ズーズーいってるのも可愛かった。

しかし彼の最大の武器はアベルパワーズ、プライアーの三人の男のみならずアメリカとソ連という国の命運を握らされながら、そんな難題をベストで解決してしまうほどの聡明さと折れない信念の強さにある。依頼して来たCIAは責任は取らないとか無茶苦茶ぬかしおるのが腹立たしいんだけど、それでも東独とプライアーはどうでもいいからソ連パワーズに集中しろとイライラしながら言い張るCIAの意見を突っ撥ね、アベルを先に解放しろとか言い出すKGBにも一歩も譲らず、アメリカに独立国家として認知されたいしソ連を出し抜きたいという思惑がある東独もやり込めてしまう様が見ていて面白かった。

世間から非国民扱いを受けてもアベルを真剣に弁護したのも、祖国への忠誠を裏切らない愛国者アベルに一人の人間として敬意を抱いているからで、アベルも自分を「敵国のスパイ」と雑に扱わず必死に動いてくれるドノヴァンを信頼していくようになる。この二人のやり取り自体はそう多くはないけど、互いの言葉の端々から人となりを感じ取って友情が築かれていく過程に説得力があった。二人の間でたびたび繰り返される「不安を感じないか?」「役に立つか?」というやり取りもいい。飄々としたアベルを魅力的に演じたマーク・ライランスも素晴らしかった。演技にわざとらしさがなく、ちゃんとキャラクターが立ってるんですよね。名演でした。

クライマックスの早朝のグリーニッケ橋でのやり取りは、緊迫感があって思わず見入ってしまった。ここで久しぶりに再会したドノヴァンとアベルの会話もいいんだよな。チェックポイント・チャーリーの状況も合わせてたいへん面白く見れた。プライアーの登場はちょっと唐突に感じたけど、彼は重要な役割だけど重要なキャラクターではないので「不運にも東独に囚われた米国人留学生」と認識出来ていれば後は気にしなくても問題なかったし、今となってはあれで良かったのだろうなと。

ラストではドノヴァンが帰宅中の列車の窓から壁を越える子供たちの光景を見下ろすんだけど、東ドイツから戻る列車の窓からベルリンの壁を越えようとして射殺された人を見た時のことを思い出したのだろうと分かって切なくなった。アベルパワーズとプライアーを救うという偉業を成し遂げても尚、救えなかった存在のことをどうしても考えてしまうのだろうな彼は。そんな欲張りな男だからこそ、成し得た交換交渉だったのだと思います。