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『羅生門』感想

羅生門 デジタル完全版

羅生門 デジタル完全版

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

見る前は難しい作品に見えたけど、人間の虚栄心をストレートに描いていて、むしろこれ以上はないくらいに分かりやすい作品だった。

いわゆる殺害事件の法廷劇で犯人はすぐに分かるんだけど、悪人だけど「決闘の末に正々堂々と女を奪った誇り高き盗賊」を演出したい多襄丸と、強姦されたけど「凛とした誇り高き妻」を演出したい真砂と、寝取られたけど「妻が卑しい女だったことに絶望して自殺した誇り高き夫」を演出したい金沢の、見事なまでの証言の食い違いが面白い。しかも全員が保身ではなく見栄のために嘘をついているのが特徴で、三者とも小説を朗読しているかのような語り口なのが味わい深い。特に死後も見栄を張り続ける金沢は哀れに見えるんだよな。巫女の口寄せが始まった時は少し驚いたけど、面白い展開でした。

しかし何故揃いも揃って見栄に拘るのかと首を傾げていたら、実際の現場では三人が互いを「度胸もない意気地なし」だと糾弾し合っており、虚栄心を刺激されたからだと明かされて納得。この低俗な責任転嫁合戦が妙に迫力もあって見入ってしまう。殺す度胸もなかった多襄丸が辛うじて男を殺したのに、「女は何もかも忘れて気違いみたいになれる男のものなんだ」と唆した真砂は多襄丸が本当に殺すと怯えて逃げてしまうのが、なんかもう笑ってしまうなこれ。多襄丸は無駄に人を殺したし金沢は無駄に殺された。なんにも残らない結果だけが残る虚しさが素晴らしい。多襄丸と金沢の格闘も闇雲に刀を振り回しているだけで、殺陣と呼ぶには厚かましいほどに格好悪い。こんな無様な殺し合いはあまり見なかったから新鮮だった。

が、更に目撃者の杣売りも高値の短刀を盗んでいた罪が暴かれてしまうところまでは良かったんだけど、捨て子のエピソードは安っぽくて微妙。ラストで一気に物語の質が落ちたよーな気が。あと坊さんが何度も人間の愚かさ浅ましさを嘆いて絶望していたけど、何をそんなに人間に夢見てるのか謎だった。

他には映像表現が面白かった。モノクロ映画によるコントラストが強烈で、雨の羅生門、美しい木漏れ日、うだるような暑い森、女郎蜘蛛じみた女の指の動き、走る時の横にワッと流れる背景のどれもが最高。これが世界の黒澤なのか、と感動した。

羅生門』は一時間半の短い映画だしテーマも単純なので、黒澤明作品の初挑戦にはいい感じのチョイスだったんじゃないかなと。面白かった。