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『ベニスに死す』感想

療養先で貴族の少年に心を奪われる音楽家の話ではあるけど、単純に「ゲイ映画」と呼ぶには少し違うかなと感じた。「芸術家の生み出す崇高な美」に拘る男が「生まれながらの究極の美」にねじ伏せられたというか、アッシェンバッハがタジオに魅入られたのは、彼が理想の美と眩いばかりの若さを持つ存在だったからですよね。うるさい観光客、暑い季節風、下品な楽団とネガティブな要素が多い上に、コレラの流行を隠蔽するような街(コロナ禍の今だからこそ考えさせられた)からは去った方がいいのに、それでも離れられないほどにタジオの美貌は悪魔的だった。タジオがどういう人間なのかあまり描かれないので、最初こそ彼の美しさに見惚れたものの私は彼への興味を早々に失ったんだけど、プライドの高い音楽家を一撃で打ちのめすだけの美貌を持っている、という点においては完璧で、タジオが掘り下げられないことが然程問題にはならないのが凄まじい。ビョルン・アンドレセンはそれほどの美男子でした。

ビョルン以上に印象に残ったのが、懊悩する音楽家を演じたダーク・ボガードだった。タジオに魅入られ、老境に差し掛かった男が道化のような化粧までして滑稽な姿を晒し、やがては死都と化していくヴェネツィアで命を落とす、という彼の最期が悲しい。序盤、船で会った化粧をしていた爺さんを嫌悪の目で見ていた本人が、最後には同じような格好になっているのが……。ミュンヘンに帰るつもりでホテルを出たのに、ベニスに留まる口実が出来た時の浮かれた表情も良かった。

しかしこの映画を見ると、マーラー交響曲が頭から離れられなくなるな。