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ネタバレ映画感想とかいろいろ

『フォックスキャッチャー』感想

見ていてずっとドロドロした何かがまとわりつくような不快感があり、それが最高に美味だった。承認欲求という誰もが持ち合わせている感情を、淡々と、でも濃密に描いていくのだけど、役者の演技で引っ張っていくようなストイックな作りがいい。マーク役のチャニング・テイタム、デイヴ役のマーク・ラファロ、ジョン役のスティーヴ・カレルの三人全員が賞を取ってもおかしくないレベルで素晴らしかった。特にジョンの、何がしたいのかが見えないんだけど本人もきちんと分かってなさそう(論理的に他人に説明出来ない)な空気が最高。窒息しそうな緊張感は空疎で哀れな彼によってもたらされたもので、おかげでずっと画面に釘付けだった。先の読めない不気味な表情がすごかったものな。それとレスリングには詳しくはないけど、マークやデイヴの動きや振る舞いにも説得力はあったと思う。

とにかく金では得られないものを求め続けるジョンの肥大化した名誉欲が尋常ではないのだけど、彼には財力があるが故に、異常性に気づいていながら誰もが見て見ぬふりをしてしまうのが恐ろしい。マークもおかしいことに気付いているのにデイヴへの劣等感が邪魔をして目を逸らし続けたし、デイヴも安定した生活を家族に与えたい一心で愚かにも見て見ぬふりを決め込んでしまう。だからジョンは更に悪化していくしかない。母親が死んだことで、認めて欲しい人に永遠に認めてもらえない人になってしまったジョンの行き場を失った歪んだ自尊心はどうなるか、と考えたらラストは納得が行ってしまうんだよね。「何故ジョンはデイヴを殺したのか」と聞かれても咄嗟には説明しづらいんだけども。

それとジョンは母親に固執していたけど、父親についてはまったく触れられないのも不穏だった。代わりに自分が「アスリートにとっての良き父親」ともいえるコーチになろうとしていた。しかしここで効いてくるのが「良き父親」であり「有能なコーチ」たるデイヴの存在で、だから彼は犠牲になってしまったのだろうなと。デイヴは決して悪くないんだけど、彼の振る舞いがマークの神経を逆撫でしたりジョンを追い詰めていくのも分かってしまう苦々しさとか、そこらへんの人間関係描写が見事でした。ジョンと母親の関係がマークとジョンの関係にそのまま伝染していく様も面白いんだよな。ジョンがマークを「恩知らずのサルめ」と罵る場面は特に顕著。

身の丈に合わない結果を求める姿は滑稽だと言うけども、ジョンが母親の前で見栄を張って指導するシーンの痛々しさは、東京五輪開催中に見るにはなかなかに強烈。名作。